18.11.22 (2/3ページ)
Vol.10

儚くも美しき、この世に生まれた奇跡。

テロワールに導かれた、カシスの蕾とコニャックの運命

2017年・秋、ブルゴーニュワインの産地であるニュイ・サン・ジョルジュを訪れた時のこと。その街はワイン以外にもさくらんぼやカシス、苺などの産地としても有名で、私はそこで朝摘みのカシスと真夜中に摘んだカシスの両方の味の違いを確かめることになっていた。夜になって私たちはとあるレストランで食事をしたのだが、そこで予想外の出会いがあった。テーブルに出された料理を口にした途端、これまでに出会ったことのない、まるで花のような、あるいは香辛料のような、刺激的で不思議な香りが口いっぱいに広がった。その源はどうやら料理に振りかけられている魔法のパウダーにあるらしい。驚いてシェフに尋ねると、それは「ポワブル・カシス」というカシスの新芽を粉にしたものだという。これはきっと創作のモチーフになるに違いない…そう感じた私は早速その生産者を教えていただき、翌日、現地へと向かった。


晩秋を迎えたカシスの樹には実はもちろん葉もなくて枯れ枝のように見えたが、その枝には翌年の春に向かって成長するエネルギーを蓄えた新芽がびっしりとついていた。農家の息子さんがその一つをちぎり、「これ、指で潰してみるといいですよ」と微笑んで渡してくれる。言われた通りにすると、それはまさに昨夜体験した香りそのもの。カシスの甘い香りがするかと思えば、若葉のグリーンノートもふわりと漂い、さらに粒コショウのような華やかでインパクトある芳しさも備わっていて非常に複雑で重層的だ。これまでもチョコレートを作る際にフランボワーズの実と葉をマリアージュさせるといった手法を用いてきたことはあったが、その場合はあくまでも主役はフランボワーズの果実で葉はその引き立て役だった。しかし、今回は違う。カシスの実よりもさらにパワフルな魅力を持つ新芽のポテンシャルを上手くクローズアップすれば、新しいカシスの表現が可能なはずだ。カシスを用いたチョコレートは世に数多く存在するが、これこそ「エスコヤマのカシス」というオリジナリティを持たせるには、まさにうってつけの素材だった。


フランスから帰国後、カシスの新芽にすっかり魅せられた私は、それとコラボさせる素材選びに悩んでいた。カシスの新芽は、音楽のアルバムに例えるとタイトル曲とも言えるパワーを持っているだけに、カカオをはじめ他のどんな素材と組み合わせて完成させるかが一番の課題だった。その時、ふと思い出したのが、ロマネコンティのフィーヌ・ドゥ・ブルゴ—ニュ。偶然にも昨年いただいた500年以上の歴史を持つ名シャトーの逸品コニャックを、どんなタイミングで開栓するか悩んだ末、結局は開けずにセラーで保管していたのだ。ロマネコンティの畑は奇しくもニュイ・サン・ジョルジュから車でわずか5分の距離にある。これはもうテロワールが導いた運命としか言いようがない。もはやエスコヤマでは定番的存在のペルー・チャンチャマイヨ、そして今年、新しく手に入れた同じくペルーのクスコというカカオにカシスの新芽、ロマネコンティ。No.3の作品中には、これら極上の素材がそれぞれにすばらしい個性を表現しつつも、互いにリンクし合いながら美しい旋律を奏でている。

アナログな手法で融合した 唐辛子とカカオ

その出会いは、とても鮮烈だった。チレ・パシージャ・デ・オアハカ 〜 それは、メキシコのオアハカ地方で採れる唐辛子の一種だ。ある時、日本の唐辛子研究家の方が、この長さ20cmほどもある真っ黒な唐辛子を私に紹介してくださった。その場で早速テイスティングした私は、一瞬で心を奪われた。特徴的なのはそのスモーキーなフレーバー。収穫した後にオーク材で燻製しながら乾燥させるため、独特の香ばしさが漂う。味わってみると、印象に残るのは太陽をたっぷりと浴びて完熟した唐辛子の濃厚な甘みと旨みで、辛みによる刺激はむしろマイルド。その燻製香と甘みのマリアージュが実に感動的で、これならきっとチョコレートに活かせるに違いない!という直感が閃いた。


オアハカという素材にすっかり惚れ込んだ私は、さらなる唐辛子の可能性を探るため、原産国であるメキシコにも訪れた。唐辛子の辛味成分・カプサイシンが空気中に充満し、むせ返るような唐辛子市場を1日中歩き回り、小粒のものから大きいものまで、日本では滅多にお目にかかれない多種多様な唐辛子をチェックして回った。しかし結局は、チョコレート作りに適していると思われるのは、オアハカぐらいしか見つからなかった。苦労して本場で探したオアハカを日本に持ち帰り、再びテイスティングしてみると、改めてそのポテンシャルに驚かされた。メキシコでは市場の臭気に紛れて感じられなかった繊細な薫りや味わいが、日本でははっきりと感じられるのだ。このすばらしいオアハカの特徴を、どうチョコレートで表現すればいいのか?


ちなみに昨年、プレで作成したときには生クリームで唐辛子を煮出してその香りをアンフュゼし、ガナッシュのみで勝負したが、それだけでは何かが違う。そう、チョコレート本体にもこの独特の香りを移してこそ、初めて最大限の力が発揮できるということに気づいたのだ。そこで、今回は刻んだペルー・チャンチャマイヨのショコラ・オレとオアハカを同じ入れ物の中で数週間密閉して同居させ、時間をかけてその香りを移し取るという、非常に古典的でアナログな手法を用いて完成させた。ガナッシュに、チョコレート本体に、オアハカのスモーキーな香りをWで閉じ込めたことで、より重層的にカカオの本質やオアハカをリアルに感じていただけるのではないかと思う。

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