17.12.27 (2/2ページ)
Vol.7

誰もがファンタジー・ディレクター

そして、名前の由来である。

FANTASY = 想像、空想、幻想、奇抜な考え、空想文学作品
 DIRECTOR = 指導者、管理者、映画監督、演出家、テレビ・ラジオ番組のディレクター
 これら横文字だけでは表現できない部分を、ビジュアルで表現できる漢字で、より意味やイメージが伝わるように「夢先案内会社」とつけた。
 デコレーションケーキのご予約のスタートは、お客様のご要望をお聞きする「ヒアリング」である。「こんなケーキがほしい」とお客様がおっしゃったとしたら、“こんな”の部分をケーキのデザイン・味に落とし込んでいけるよう、出来るだけ細かく具体的に聞き出す。「好きなフルーツは何か」「苦手な素材は無いか」「どなたに贈られるものか」「どんな場面で召し上がられるのか」等々。それらをすべて引き出した上で、お客様の想像を超えたケーキを創作していく。ヒアリングに関しては、聞き手のパティシエ、パティシエールの聞き取り能力にとりわけ左右される。もしも提案するために必要な情報が引き出せていなかったら、いくらベースが美味しいケーキでもお客様が100%喜んでくださることは無い。それだけヒアリングは重要なのだ。デザインも味も、お客様の想像を超えて初めて感動を与えられるケーキになる。
 その、“お客様の要望を超えるデザインと味”を構築するために必要な鍵となるヒアリングの能力について、担当のパティシエールとのやりとりの連続から生じた「ひょっとして、これまでご注文いただいたオリジナルデザインのデコレーションケーキで、お客様は100%ご満足いただけていないのではないか・・・・・・。すべてとは言わないが、もっと出来ることがあったのではないか・・・・・・」という心配心(しんぱいしん)が、このファンタジー・ディレクター設立のための原動力となっていったのは言うまでもない。


これまでも、担当パティシエールから特注デコレーションケーキについて何度か相談を受けていたが、ちょうど担当が変わった2015年ごろからしっかりとしたご提案が出来るように、あることをルールづけた。それは、ヒアリングをする中で「ちょっと待てよ。この案件、自分のアイデアだけでは提案が難しいぞ」と感じたらその瞬間に「小山と相談し、改めてご提案いたします」と言って一旦話を切り、ワンクッション入れることである。そうしてヒアリングして引き出した内容を僕が聞き、アイデアを出し、一緒に考え、どうお客様にお伝えすればよいかまで伝える。そこではじめて「お客様に聞かないと分からない」ということも出てくる。そのときは再度お電話をして追加のヒアリングをする。その後、再度打ち合わせをしたのちに創り上げたケーキをお客様にお渡しすると、感動するほど喜んでくださり、中にはお礼のお手紙を下さる方もいる。


「ヒアリング」という「鍵」を使って、どれだけお客様の頭の中の引き出しを開け、引き出しの中を覗けるか。その意味で内装やロゴのキービジュアルを「鍵」にしたのだ。もうひとつのキービジュアルである「壺」は、パティシエの持つ「技術・発想」を表している。鍵で引き出したお客様のご要望を壺の中にあるアイデアや経験、技術をミックスして形にする。そしてケーキが出来上がる、という設定だ。

僕も大好きな音楽に例えるなら、ドラマのタイアップ曲をつくるときが同じような状況だろう。「鍵」はドラマに対する「理解と解釈のレベル」。「壺」は「作詞、作曲などの想像力、表現力」、そして「演奏技術や歌唱力」を表す。そうして生まれた楽曲が、ドラマの世界観を超えた普遍的なテーマに迫る表現までできたものであれば、視聴者の印象に深く刻まれると同時に、ドラマを見られていない方の心にも響くことになるだろう。冒頭の映像の中で映し出されていた「鍵」と「壺」のイメージには、そういう意味が込められている。
 「ケーキを作る技術はもちろん重要ではあるけれども、その前に、まずは人と話すことが得意にならなければいけない」と、僕は担当のパティシエールにはいつも伝えている。お客様の頭の中にしか、答えを生み出すヒントは隠されていない。ヒアリング中、会話の中に散りばめられたヒントにいかに気づき、それを踏まえて自分の今までの経験と湧いてくるアイデアを思い描きながら提案していかなければ、決して想像を超えることはできない。お客様は、僕たちにいろいろなことを投げかけて、その中から生まれるアイデアを待っておられる。理想的なのは「分かりました。あとはお任せします」と言っていただくこと。お客様の好きなものを10個聞いたとして、それは単なる10個の素材であり、それをすべて盛り込んだからと言って、お客様が想像されている以上のものになるとは限らない。それをディレクターとなって編集するから、“ファンタジー・ディレクター”なのである。


そんな流れで、このデコレーションケーキ専門店「夢先案内会社FANTASY DIRECTOR」は開業した。私たちパティシエという仕事をしている人間に限らず、どんな仕事もファンタジー・ディレクターとして、考え、提案していかなければならないと思う。どんな仕事も相手がいる。時に相手が「世の中」という場合もあるだろう。その相手の想像を超えた提案でいかに感動させられるようなディレクションができるか、そのリアクションを自分の喜びとしてやりがいやモチベーションにし、次へ活かしていくことが出来るか、それが私たちファンタジー・ディレクターに課せられた役割だと思っている。


最後に、もう一度映像をご覧いただき、物語を読んでいただきたい。皆さんはどう感じられるだろうか。「自分の仕事も同じだ」「自分もファンタジー・ディレクターなんだ」と思っていただけたら、この上なくうれしいことである。



パティシエ エス コヤマ
小山 進

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