パティシエエスコヤマ研修旅行記2016

Vol.4 MAROU社のチョコレートが出来るまで WRITER:前川 彩花

研修2日目、5月12日MAROU社のチョコレート製造工場を訪問させていただいた際のレポートを担当させていただきます、マルシェ・パイ担当の横越谷隼土と申します。

大嶋さんのレポートにもありましたが、MAROU社とは、元銀行員で日系フランス人のサミュエルさんと、サンフランシスコの大手広告代理店のクリエーターとして勤務されていたフランス出身のヴィンセントさんが2人で立ち上げたチョコレートブランドです。
原材料のカカオ豆は全てベトナムで生産されたものを使用し、チョコレートの製造までを行うBean to Barを行っています。

ベトナム名物の「バインセオ」でお腹が満たされた後、ホーチミン市郊外にあるMAROU社の工場へ向かいました。
工場に到着して、まずはサミュエルさんとヴィンセントさんがMAROU社を立ち上げるまでのプロモーションビデオを見せていただきました。
そのビデオからは、カカオの生産をするためにベトナムの地に可能性を感じ、一から創り上げてきたお二人の姿。
スピード感のある映像からは、小山シェフが「5年間でMAROU社はベトナムカカオを急成長させた」とおっしゃっていた事が伝わってくるものでした。

そこから2つのグループに分かれ、工場の中へ。
既に、チョコレートの香りが立ち込めています。
さて、カカオ豆からチョコレートが出来るまでには、いくつかの工程があります。
ここではMAROU社のチョコレートが出来上がるまでの工程を、丁寧に説明を聞きながら1つ1つ見学していきました。

①カカオのロースト機による焙炒

まず始めに焙炒。
ここはチョコレートの味を決める大切な工程です。
カカオ豆は収穫時期や気候によって、それぞれ特徴が異なるため、焙炒にも工夫が必要となってきます。
この機械は元々コーヒー豆をローストする機械で、カカオ豆のロースト方法もコーヒー豆と一緒です。
MAROU社ではこの工程を1人のスタッフが担当します。(カカオのコンディションを全て一定に保つため。)
一回の焙炒にかかる時間は30分で、約45㎏までローストする事ができます。
機械の中の温度は120℃。一般的に、カカオ豆のロースト温度は高くても150℃とされていますが、それよりもかなり低めです。この低い温度でカカオ豆をローストする事で、カカオ豆の中の「香気成分」が飛散しにくく、繊細な香りや風味が中に閉じ込められるため、カカオの持つ本来の味を保持する事ができるそうです。そのような理由から、MAROU社ではこの低い温度でローストしています。

初めに機械の温度を上げ、適温に達したら、カカオ豆を機械の中に入れます。ローストされたものを担当者が味見をしながら、求めている風味になったら、素早く焙炒をストップして、すぐに冷やし始めます。
焙炒は正確且つ、的確に行わなければいけません。なので、決まった1人の担当者がいる訳です。

②カカオ豆の粉砕

次にカカオ豆をカカオニブ(カカオ豆の胚乳部分)とハスク(カカオ豆の皮)に分ける作業です。
ここで出たハスクや細かくなりすぎたカカオ豆(ハスクがついたままのもの)は農園へ返却します。
返却したハスクは肥料として再生されます。
機械を使用しても、きれいにカカオニブとハスクに分けることはできません。
機械にばかり頼りすぎてしまうと、貴重なカカオ豆を潰してしまいます。
ある程度機械で粉砕し、この次の段階では2人体制で目視による手作業でカカオニブとハスクに選別していきます。

③磨砕~コンチング(2日間)~

磨砕:カカオ豆を磨砕して油分(カカオバター)を出す作業。
カカオニブにはカカオバターが約54%~55%含まれています。カカオニブを磨砕によってすり潰し、ドロドロの流動体にします。どろり濃厚なペースト状のカカオマスとなります。ここからこのカカオマスを45度くらいまで徐々に引き上げていき、48時間という長い時間をかけて練り上げる作業に入ります。これがコンチングです。
磨砕によって出来上がったカカオマスはアロマの香りが強すぎます。コンチングによって不要な水分や、くせのある香りを取り除くことができ、チョコレート本来の香りが引き立ってきます。
MAROU社のチョコレートには香料のバニラでさえ、添加物は入っていません。
なぜならばMAROU社のチョコレートは厳選されたカカオ豆を使用しており、そのカカオ豆自体が持っている風味が良いため、添加物を入れる必要がないとヴィンセントさんがおっしゃっていました。
もしここで風味を足すとしたら、それはカカオバターだけ。
そのカカオバターもMAROU社の工場で製造されたものを使用しています。

ここで小山シェフからの質問です。
―カカオバターも自社で作っているのか?

その答えは、カカオバターも自社で作っているということでした。しかし、私達が訪問したところではなく、委託先の工場にMAROU社産のカカオ豆を送り、そこでカカオバターを作り、納品してもらっているとのことです。

私達が訪れた頃には、目の前にはすでに48時間練り続け、後はそこに砂糖を加えればチョコレートになるものがありました。

ここで小山シェフから2つ目の質問。
―カカオバターの元になるカカオ豆は、クーベルチュール、カカオマスを作るためのカカオ豆と同じ発酵プロセスを経ているものなのか?それよりももっと簡易的なものなのか?
というのも、通常、カカオバターを作る際には、チョコレートにする時ほどにきちんと発酵せずに作ることが殆どだからです。

答えはカカオマスを作るのも、カカオバターを作るものも発酵プロセスは同じという事でした。
通常のカカオバターよりも、もっと風味が際立っているのでは?と思い食べてみたくなりました。

コンチングを始めて2日間経つと、機械を止めます。
約25㎏のチョコレートが出来上がります。

④テンパリング~成形
成形はすべて手作業で行われています。

この時点ではまだ手作業でしたが、もう間もなく機械が納品される予定だそうです。(おそらく今現在は納品されているかと…)
この機械が入ればさらに生産量が増やすことができる、とおっしゃっていました。
成形後のチョコレートのラッピングもすべて手作業で行われています。私たちが訪問した際には、4名くらいの女性のスタッフが作業をされていました。繁忙期にはもっと人数が増えるとのことでした。1人のスタッフがこなす量は1日あたり100枚ほどです。
最後にパッケージの紙に「M」の文字のロゴシールを貼って完成です。

ベトナム国内向けには3割、残りの7割は輸出されているそうです。

MAROU社ではテンザン、ドンナイ、ベンチェ、ランドン、バリア、ティエンジャンの異なる6つの県のチョコレートがあります。

すべてダークチョコレートです。パッケージには産地の名前も記載されています。
ティエンジャン産のチョコレートはリコリス(甘草)やスパイス、フルーティな甘さが特徴、ラムドン産は、ロースト感が若干強めで、赤い果実やレモンを思わせるアロマが広がり、最後にローストナッツのカカオの風味が余韻に残る…など、それぞれのチョコレートにはっきりとした特徴があります。
様々な特徴が生まれるのには、焙炒のところでも触れましたが、その土地の気候や土壌が産地によってそれぞれ異なるからです。山間部で育つカカオも、休火山か、活火山か。また山の高度など、環境によって大きくカカオ豆の状態が変わってきます。
ベトナムには、多くの火山があります。一口に「火山灰」と言っても、鉄分を多く含む赤土であったり、地区によってその特徴は異なります。その事はパッケージでも表現されています。
例えば“バリア”は、鉄分が多く含まれる土壌で、赤っぽい色であること。また、カカオポットの色も赤いためパッケージも赤です。ただし、バリア以外のチョコレートについても同様に、その地域の土壌の色やカカオポッドの色を表すナチュラルカラーでいきたいと思っていたけれども、パッケージの色の選択肢が限られていたので、途中からはデザイン性で決めるようになったとお話しされていました。
こういった地域による環境や気候の違いが、それぞれのカカオの風味の違いや個性に繋がっていくということがよくわかりました。

ここまででMAROU社工場見学は終了。
次に、新しくMAROU社のショップをホーチミン市内にオープンされるという事で、そちらも見学をさせていただけることに。工場から約1時間半ほどのところにありました。
なんと新しい店舗に足を踏み入れるのは、エスコヤマスタッフが初めて。
まだ店舗としては未完成の状態で、商品の陳列などもまだありませんでした。私たちが到着すると、お店の外に「WELCOME ES KOYAMA」と書かれた看板を用意してくださっていました!

新しいショップのスタッフの方々も、僕たちを温かく出迎えてくれました。
店内はまだ未完成な部分もありましたが、おしゃれでとても雰囲気が良く、カフェスペースも広々としていました。
中に入ると早速ボンボンショコラの試食会が始まりました!!
実はこの旅の彼らへのサプライズとして小山シェフは2016年度のコンクールに出品する為の新作ボンボンショコラを持って来られていたのです。
僕たちもまだ見た事も食べた事もないショコラです!!
ヴィンセントさん、サミュエルさん、フランス人ショコラティエの方、パティシエの方も来られました。

今年新しく出来上がったショコラ達。
1種類ずつ、そのボンボンショコラについて、小山シェフがお話ししながら食べていただきました。
ショコラティエの女性の方は、特に、醤油とペドロ・ヒメネスというシェリー酒を使ったショコラを大変美味しいとおっしゃっていました。

その後もエスコヤマのチョコレートショップ・ロジラの名前に、サミュエルさんが興味を持たれていたので、小山シェフがその名の由来についてお話しされました。
今年、小山シェフはタブレットとボンボンショコラ合わせて65種類の新作を創ったと言うと、それを聞いたスタッフの方々はただただ驚いていらっしゃいました。
次にMAROU社のボンボンショコラも小山シェフに試食してほしいとサミュエルさんが持ってこられました。 コニャックをベースにしたものや、ベトナム名物・フォーのスパイスを取り入れたショコラなど持って来られました。
途中、停電に見舞われるアクシデントもありました。ベトナムでは慢性的に電力不足で、停電は日常茶飯事だそうです。近年、パソコンや家電製品の普及率が上がり、電力の供給が需要に追い付いていないことが原因だと聞きました。
エスコヤマスタッフにもエクレールやショコラショーなどを振舞って下さって、本当に有意義で、普通であれば絶対に経験する事ができない時間を、海外研修初日から過ごすことができました。
エスコヤマの今年の新作と、MAROU社のボンボンショコラをお互いに披露した時間を共有できその中でのやりとりを小山シェフの近くでお聞きできて、すごく勉強になった時間でした。
ここまででこの日の行程は終了しました。
初日からこんな贅沢な時間を経験させていただき、明日からもまだまだ研修が続くと思うと、期待でいっぱいになりました。

今回の海外研修では2か所のカカオ農園を訪問させて頂きました。小山シェフも今、ベトナムのチョコレートは世界レベルに達している、という事もお話しされており、その生産地である国に直接来る事ができ、また間近でカカオ豆やカカオポット、カカオの実を食べてみたりと、とても貴重な体験をさせていただきました。小山シェフ、本当にありがとうございました!
3日目からもまだまだ楽しい、心躍る企画が用意されています。
その模様はこの後も続く各担当者のレポートを見て、皆さんも一緒に楽しんでいただければ、と思います。

最後にこの研修レポートを書くにあたり、私自身のチョコレートに関する知識の少なさを実感しました。
カカオ農園の見学から工場見学でチョコレートができるまでの工程を見て、理解したつもりでいましたが、頭の中でなんとなく分かってはいるけど、いざ説明しようとしたら何と説明したらいいか分からない。
レポートを書いていくうちに徐々に疑問が生まれてきました。
そこで、曖昧にしか分からなかった部分や、疑問が出た所を詳しく調べ直しました。
1つ1つ問題を解決していく事で、チョコレートの事が更に勉強できました。また、チョコレートの基礎を改めて深く理解できました。
普段何気なく使用しているチョコレートも、実際に生産して下さっている方々の所へ行き、目の前で見てみると、こんなに細かい繊細な所まで気にしているのかという事や、天候によっても左右される生産者の方々のご苦労も感じました。
そういった現場を間近で見ることで、また自分達の使っている材料1つ1つも今よりももっと大切に、生産者の方々の熱い思いをしっかりと引き継いで、クオリティーの高いお菓子作りをしていかなければいけないと強く感じました。
今回の研修で学び、感じたことは普段日本にいるだけでは絶対に感じる事ができない事です。このような研修旅行に毎年行かせていただけるのも、日頃からエスコヤマを応援して下さっているお客様のおかげでありますし、また日々進化し様々な舞台で活躍し続ける小山シェフのおかげであります。私達スタッフもただ参加しただけで終わらせるのではなく、しっかりと今回の経験を今後のエスコヤマの成長へと繋げていくように、お客様へ最高のサービスとパフォーマンスでお返ししていけるように、今後も努力を続けていきます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。