現代のネオクラシックが
次の時代のクラシックになる。
エスコヤマがある三田からすぐの丹波篠山という山里に「立杭」という焼き物の郷がある。なんでも平安時代からの歴史があるという六古窯のひとつだそうで、優れた陶器の作り手さんたちが多くいる。私は最近、そこに本拠を置く市野雅彦さんという作家の方と知り合いになり、彼の工房を訪れる機会があった。山あいにある美しい緑の苔が生すその庵の傍には澄んだ湧き水が流れ、山葵やクレソンが群生しているような清らかな場所だった。そこで作られる器の一つひとつは、一見したところ裸の土そのものの力強さを持ちながらも、どこか繊細な陰影やテクスチャーがあり、思わず観入ってしまう魅力あふれるものばかりだった。こうした作品が作れるのは、もちろん作家の方の研ぎ澄まされた感性や技量によるものだろうが、それ以前に「土」という絶対的な要素が必要不可欠である。市野さんの話では、この地球の表面を覆っている土ができるまでに何万年という気の遠くなるような時間が必要なのだそうだ。木の葉が地に落ち、朽ちた樹が倒れ、昆虫や動物の亡骸を小さなバクテリアたちが喰み…そうして出来上がった土に対して、市野さんは畏敬の年を感じずにはいられないのだという。彼ら陶芸家はいつも自然の大いなる営みに敬意を表しながら、土からインスピレーションをもらい、作品を作り続けているのだ。ちなみに市野さんは時々、道路を車で走っていても工事現場の掘り返された土を見て、どうしてもその土が気になって引き返し、現場の方から土を分けていただいたりもするのだそうだ。
そんな話を聞くにつれ、また工房の周囲の美しい自然に包まれるに従い、私は世間の人為的な考えや企み、人工的な意匠に、いったいどんな意味があるのだろう?としばし考えた。
風と、引力と、土と、水と、火と。
この地球のすべてはそんな自然のエレメントで作られている。
果たして、それにかなうものなどあるのだろうか?
昔は、「雨が多かったから果物が甘くない」とか、「気温が低かったから作物の出来が悪い」とか、自然の営みの中で私たちもそれを当然のこととして受け止め、次の年に希望をつないだ。しかし、現代はそうではない。作物はすべて温室で1年を通じてパーフェクトに栽培され、糖度も人の手で自由にコントロールされる。少し前、全国的にバターの生産量が不足して製菓業界にも大きな打撃を与えたが、その時も「代わりにマーガリンを使おう」という流れが業界に起こり、人工的な手段でそれを解決しようとした。しかし私は、その流れには乗らなかった。マーガリン自体が良いとか悪いということではない。やはり、草と乳牛とそのミルクから生まれる天然のバターには替えられない味わいと風味があるからだ。
そして、そのバターという素材が主役となる
マドレーヌというお菓子にとっても、
上質のバターはなくてはならない存在。
それは陶芸に良質の土が必要なのと同じことだ。
マドレーヌはフランスで18世紀ごろから作られている古い歴史を持つお菓子であると同時に、家庭でもよく作られる、日本人にはとても馴染みのあるお菓子だと思う。だからこそ、私たちプロが手がけるマドレーヌには圧倒的な魅力が必要なのだ。私の頭の中には、かつてフランスで食べたマドレーヌの味がいつまでも残っている。ストラスブールの「ネゲル」というパティスリーのものだったが、そのマドレーヌのグレードの高さに自分の中のマドレーヌというお菓子の固定観念が変化したのを覚えている。実を言うと若い頃にもそれを食べたことがあるのだが、同じレシピのはずなのにそれを“おいしい”とは感じなかったのだ。私自身がいろいろな経験を重ね、成長したことによって、その味をようやく理解できるようになったのだろう。そして、それよりさらに、もっとおいしいマドレーヌを作りたい!…そんな想いの果てに、今年また新しいマドレーヌが誕生した。
2年前はフランスが誇る最高級バター=ボルディエバターを贅沢に使用したプレミアム・フィナンシェをギフトとして作ったが、今回のルセットには
日本の発酵食材・白味噌とキャラメルを加えることにした。
もっとも、白味噌を加えるとはいえ、
それは“白味噌のマドレーヌ”ではない。
むしろ、食べた時の味わいは白味噌を感じないものになるだろう。日本の発酵食品・白味噌の微生物が産み出した旨み・コク・ほのかな塩気がバターとピタリと調和するであろうことを予感し、あくまでも素材のひとつとして加えたのだ。フランスで菓子職人たちが産み出し、育んできたクラシカルな焼き菓子・マドレーヌ。
そのお菓子に込められた先人たちの意図はそのままに、
日本人として、どうこのお菓子と向き合っていくか?
そんな発想で挑んだのが、今年のエスコヤマのプレミアム・マドレーヌだ。
またフランスの伝統菓子というと思い出されるのが「オペラ」だ。 このお菓子も、パティシエになったばかりの若い頃はその本来のニュアンスを自分がきちんとわかっていたかと言われれば、自信がない。さらに、私は本場フランスでの修業経験もない。それで本当のオペラを作れるのか? そんな長い間の迷いの結論として、今年14年目にして初の「エスコヤマのオペラ」が誕生した。これは私にとってはかなりメモリアルなことだ。そのきっかけとなったのは、私が多くのカカオの産地を訪ね、そこで多種多様なカカオと出会ってきたこと。さらにはカカオの森の外側のエリアに必ず群生するコーヒーという産物にも触れる機会を得て、より二つの素材について深い経験と知識を得られたことがある。