あのとき、あの人が…… 先人の思いを受け継ぎ次代へ繋ぐ
奈良時代に遣唐使として鑑真僧正を連れ帰ったことでも有名な「普照(ふしょう)」というお坊さんが、「旅人の飢えを癒すため、京外の街道に実の生る木を植えなさい」と官命を下した、というのである。 ただし、この命令には「大和橘を植えよ」と書かれているわけではない。
しかし、万葉集には、「橘の木陰で休んだ」「橘の実を食べた」という歌が読まれているので間違いないだろう、というのだ。 大和橘が「人の命を守るために植えられた果実」であることを証明していると言える。
モノづくりを未来に繋ぐ 一人の先人として
新しいボンボンショコラが生まれるとき、素材との出会いが欠かせない。 例えば、「CHOCOLOGY 2020」のNo.1に使用している「からす山椒のはちみつ」。 金沢のレストランで料理に使われていて「このスパイシーなはちみつは何だ」という純粋な驚きから興味を持ってショコラにしたいと思った。 創作をしながら調べていくと「からす山椒」の木は7mに達するほどの高木で、この木の花が咲く7月は全く花が無い時期であるという話を庭師の松下氏から聞いた。
すると、「なぜこんなにパワーのある味になるのか」という謎が解けていく。要は、「これを取りに行かないと子孫が残せない」という蜜蜂の真っ直ぐな思いが味にも表れているからだ。それが「生きるということ」というテーマの礎になった。 同じくCHOCOLOGY 2020の「牛蒡」。 これは苺と合わせて表現したのだが、牛蒡のルーツを調べると、元は中国から入ったもので薬として飲まれていたが、平安時代になって食用になり、本格的に広まったのが江戸時代であることが分かった。
結局、僕たちの生活は全部、先人の行いの上に立っている。 もしかすると20年、30年後には牛蒡と苺を合わせることが普通になっているかもしれない。 我々も先人たちと同じように、次の時代に美味しいバトンを渡したいと思う。
今回、毎年出している「UNDERGROUND CHOCOLATE AWARD」の他に、お茶に特化したボンボンショコラ6種類を集めた「Official Tea Fukaborism」というアソートも創った。 合計14種類の新作。 そのうちお茶を使ったショコラは全部で11種類。 燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びて育った茶葉は、地域の伝統や独自の製茶法によって様々な表情を見せてくれるのだが、今回選んだ中で特徴的なのが、「番茶を樽に漬け込んで各生産者の樽や家屋に住み着いた土着菌の力で発酵させて作られた阿波晩茶」「夜明け前の月明りの下で収穫された、朝露がついている茶葉の新芽のみを手もみで丁寧に製茶したダージリン」「偶然、ウンカという小さい虫が茶葉を噛み、その茶葉が発する抗体の力で甘い香りを宿す東方美人」など。
こういう素材に出会うと自然の力の偉大さや恩恵を感じずにはいられない。 また、カンボジアのジャングルの奥地で2 、3日野宿しないと取りに行くことができない天然のはちみつもそうだ。 トラが出るジャングルを抜けた先にある山の頂上付近で手で採取するのだが、その手にも意味がある。 人間の手にも常在菌が住み着いており、人それぞれにその菌は異なり、搾る人によってはちみつの味が変わるというのだ。 残念ながら今年はカンボジアへは行けなかったが、いつか自分の手で搾った「小山進のはちみつ」を使って創作してみたいと考えている。 「自然の力」というと、コロナウイルスも自然の一部だ。 菌やウイルスの働きもモノづくりと背中合わせの関係にあると言えるかもしれない。
自然の営みの中でモノづくりは成立する。 自然の恩恵を受けながら、反対に自然の猛威に見舞われて悩み苦しみ、そのたびに先人たちがしてきたように、「僕たちは今何を考えて、何を残してどんな先人になれるんだろう」「僕たち一人一人が何かを残す先人にならなくちゃいけないよね」というメッセージを今回のチョコレート全体で発信していきたいと思っている。
ホンモノの力 コロナ禍だからこそ生まれた クリエイション
今回お茶のプロフェッショナルの方にもご協力いただき、いろんなお茶を試して自分の心や味覚、嗅覚に反応するものを選んだ。 ビジュアルを担当してくれているカメラマンの石丸直人氏にも「“本物”を撮ってほしい」とお願いしていた。
すると、お茶屋さんに協力してもらってお茶それぞれに実際に使用される茶器を使って素晴らしい写真を撮ってくれた。 だから写真が力強い。 石丸氏もあの当時仕事が軒並みキャンセルになって動ける時間もあっただろう。