vol.26
「バトン」

2/2ページ

 
 この、薪ストーブは素晴らしい出来だけあって、とてもお客様から様々な反応をいただきました。その中でもこの二つの話は特に印象に残っています。

 ある朝、テラスの薪ストーブの横に薪を積んでいると、ある家族がテラスにやって来られました。その家族はおじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、そして幼稚園児ぐらいのお子さん二人という三世代。家族みんなでケーキを買いに来られたんでしょうね。寒い日だったので薪ストーブを見つけて、火にあたりに来られたんだと思います。その時、横に積んであった薪を見ておじいちゃんはとてもびっくりした様子で
 「いやあ、懐かしいなぁ。本物の薪や。」と懐かしそうに薪を見ていました。そして、そばにいたお孫さん二人の手を引いて薪のそばまでやってくると、しゃがんでお孫さんたちと目線の高さを合わせて、
「昔おじいちゃんが小学生の時にな、よく薪割したもんや。毎日の日課で薪割をしないと遊びに行くことができなかったんや。薪割し忘れたときなんかはよう怒られよったわ。懐かしいなぁ。これが、薪っていうんやで。こうやってな」とお孫さんに一生懸命薪割のやり方をお話をされていました。
子供たちはいつもと違うおじいさんのテンションに少々びっくりしていたようでしたが、なんともほほえましい家族の光景でした。
写真


 小山シェフはお庭の話になるといつも言うことがあります。それは、 「ここに来たお客様の会話が膨らむようなお庭を造りたいんや。そして、家族や友人、会社の同僚に、『今日、こんなお店にいたらこんなお庭があってめっちゃ楽しかった。』なんて思わず誰かに伝えたくなるようなお店やお庭」。

  だから、お庭にお花だけでなくブドウやブルーベリーなど果実が植わっていたり、お庭には銅でできた人形がいるのです。お客様はお花好きばかりではありません。そんな人でもブドウやブルーベリーを見つけると思わず、「あ、ブドウがなってる。食べれるのかな?」と話をしたくなります。植物に興味がない人だって、銅の人形を見つけては、「あ、この人形かわいい。」と隣にいる人と共感したくなったり。

そして、今回薪ストーブを見て、いや、ストーブじゃなくて薪によって新しい会話が生まれました。いや、あれは会話という簡単なものじゃなく、おじいさんが孫に伝えたかったバトンのようなものだと思います。「これは薪っていうんやで。」と教えたおじいさんには薪から繋がる様々な思い出をいっしょに伝えたい、そんな思いまで感じれるほどの様子でした。コヤマシェフが渡したバトンがいろんな人の手にわたり、この瞬間、おじいさんにバトンが渡ったように思えました。


写真 また、薪ストーブを設置してこんなお客様の反応があったこともシェフが教えてくれました。

「お客様からご指摘があったんや。『薪ストーブつける場所を間違えている。人が並んでいる場所をあったかくしないと意味がないんじゃないですか』、ってな。」
 いやいや、確かに言っていることはわかるけど、そもそも普通のお店は店内しか暖かくないし、そんな指摘ってちょっと理不尽でしょ、って思わず言いそうになりましたが、それを飲み込みました。


シェフは常々、「店づくりは足らずを埋めることで精いっぱいだった。」
とよくお話しされていました。がしかし、それが今や兵庫県の三田のこの地にしかない、コヤマシェフにしかできないお店づくり、そんなステージまで来たように思えます。だから、今から作るものは、せっかく待っていただいたお客様を驚かせるようなものじゃないといけません。今回の薪ストーブ制作にあたっても、時間がかかったとしても、ただ暖かかったらいいのではなく、心まで暖かくなるようなストーブ、そこを目指したのでした。それがシェフとの仕事の醍醐味なのに、僕がくだらないことを考えている場合ではありません。

そんな僕の考えを察したのか、
「なあ、まっちゃん。絶対あったかくしよう。お客様の列ができるところも。」とものすごい笑顔で話をしてくれました。

「絶対そうしましょう。」と、心の中で本気で思いました。

そして、そう、この瞬間、僕は手の中にシェフからのバトンをしっかり握りしめていました。シェフにバトンを渡されると、いつもより早く走れるような気がします。気がするんじゃなくて、本当にそうなんだと思います。そして自分ひとりでは越えられないことにでも挑戦できたりするんです。

 シェフが人と出会ったとき、必ず自分の思いのこもったバトンを渡します。そのバトンには、何かしてくれ、とか、誰かにこのバトンを渡してくれ、なんて書いてありません。ただ、思いの詰まったバトンを渡すのです。シェフはずっとバトンをいろんな人にいろんな形で渡しつづけてきたんだと思います。そして、それをもらった人がバトンを次に渡しはじめたんだと思います。その結果が今回のJap工房さんと鐡音工房さんのような繋がりになったんでしょうね。

  ほらこの日記を読んでいるみなさんの手の中にも、・・・ね。
写真


 最後に  ぼくは、何もできない庭師だけど、この日記を読んで少しでも誰かの心を暖める事が出来ればと思っています。被災者の皆さん、ガンバレ。

1|2|


更新日11.3.17


vol.30 「マダガスカルに行くぞ」

vol.29 「サプライズのその先」

vol.28 「flow」

vol.27 「目に見えないもの」

vol.26 「バトン」

vol.25 「人を雇うこと」

vol.24 「ホンモノ」

vol.23 〜今年たどり着いた場所〜

vol.22 久住章のトイレット

vol.1〜vol.21まではコチラ