vol.22
久住章のトイレット

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パティシエ エスコヤマに念願のトイレができたのはこの春。久住章という左官の神様の手によって作られたこのトイレはそのフォルム、壁や土間の質感、室内の棚や窓の形など、決してほかでは見ることができない独特の感性により構成されています。 残念ながらこのトイレは女性専用ですので、男子には見ることができませんので今回は写真とともに、そのメイキングストーリー、そして、久住章の感性を紹介してみたいと思います。


 初めて、コヤマシェフと久住さんが出会ったのは、昨年の夏でした。今でもその時のことはよく覚えています。建物を見るために久住さんのアトリエにお伺いした時のことでした。出会ってお互い挨拶をした、次の瞬間から約3時間のもの間、話は大盛り上がりで、二人でしゃべり続けていたのでした。その時の話の内容は、



「子供の頃、何をして遊んでいたか?」



 その日はそれで終わり。でもこの話題で十分お互いの感性を確認できたようです。
そして、その帰り道、
私の車の助手席に座った小山シェフは「久住さんにトイレを作ってもらおう。」ポツリと私にそのことを伝えてくれました。
 その日からまもなくのこと、久住さんから、トイレのプランが上がってきました。
頼んで、3日か4日か後でした。しかも、一度に6つのプランを持ってきてくれました。


 コヤマシェフに見せる前に一度久住さんのプランに目を通しておきたかったので、打ち合わせを兼ねてトイレのプランを拝見させていただきました。
丸い形の建物。中の棚も曲線を描いています。便器の横に大きな窓が一つ。そして、小さい窓が30個ほど。この窓には3種類の形があって、雲の形にハートの形、そして三つ葉の葉っぱの形をした窓です。窓と棚にはイタリア製のガラスタイルを貼る予定になっているらしく、どこにどのタイルを貼るか、小さいタイルのサンプルがプランにくっつけてありました。
プラン写真

 「なんとも奇抜な建物に奇抜な窓。久住さんは長年の間数奇屋建築を多く手がけてこられた方。和風は得意だろうが、今回の仕事は勝手が違うのかな?変に、洋風じみたものにして、久住親方の感性が生きなければ何にもならない。もしかして、無理にケーキ屋さんっぽくかわいさを出そうと狙ったわけではないよな? 」そんなことが一瞬脳裏によぎりました。一応確認のために、
 「久住さん、しかし、変わった形の窓ですね。」
 とさりげなく尋ねてみると、

 「実は、これ昔っからある日本のデザインなんやで。よく数奇屋建築の欄間とかに使われてたんや。日本のデザインは実は結構アバンギャルドやろ。雲は水を表し、三つ葉は植物やな。このハートは何かわかるか?」
 ここでさらっと答えれたら、どんなにかっこいいか。
 しかし、さっぱりわかりません。
 「これは、太陽や。ハートを逆さまにしてみたらわかるやろ。ちょうど太陽が沈んでいく姿にみえへん。日本の太陽のデザインは他の国に比べて粋なところがあるやろ。」と久住さんが教えてくれました。
 このトイレが完成して以来、この窓のことを質問されるのですが、この窓の説明をする時、あたかも昔からハートは太陽をあらわしていることを知っているかのように、説明している小さい私がいます。
 そして、久住さんの説明は続きます。
 「ほら、トイレ全体の形を見て。蝶々の形をしているやろ。つまり、水、植物、太陽、そして、蝶々の形。このトイレは生命を表現してるんや。」
 私は、さっきから唸りっぱなしでのどが痛くなってきました。
 少しでも久住さんのプランを疑った自分を心から恥ました。


 「このプランで間違いはない。」そう思わせてくれる説得力のある説明にただただ久住さんのすごさを感じ、プランを書たわけでもないのに私までが自信たっぷりになってしまっていました。

基礎 いざコヤマシェフとの打ち合わせにレッツゴー。

 コヤマシェフのオフィスに移動してコヤマシェフを入れて3人での打ち合わせ。早速、久住さんがプランを取り出し、  「シェフ、今回のトイレのプランです。」と久住さん。
 それを見るなり、納得した様子の小山シェフ。
 それを見て私も納得。しかし、説明はこれから。
さっき聞きたての、しびれる久住流プレゼンテーションが待ってます。
 「コヤマシェフ、タイトルはね、」さらりと久住さんが切り出したので、

 高鳴る気持ちを抑えて目を閉じてシェフが喜ぶ顔を思い浮かべたその次の瞬間、久住さんが口にしたのは
 「タイトルは、『恋する乙女の便秘が治るトイレット』です。」
 といいながら、久住さん本人が大爆笑。それにつられて、コヤマシェフも大爆笑。
 私も雰囲気を読んで、大爆笑。さすが、久住さん。ここで笑いを持ってくるとは憎らしい。

 ひとしきり笑い終わり、仕切りなおしてもう一度、と思いきや、久住さんはさらっとトイレの説明をして、打ち合わせが終了。
「いや、いや、さっきの蝶だの生命だのの深イイ話は?」と思うものの、あっけに取られて何も口に出せません。「では、久住さん、よろしくお願いします。」と言って忙しいシェフはケーキの試作に行ってしまいました。そして、久住さんも、荷物をまとめて帰ろうとしています。「あれ、あのめっちゃいいデザイン話は?」っていうか、「恋する乙女の便秘とかはどうでもいいし。ちゃんと説明してくださいよ、久住さん」と心の中で叫びながら、コヤマシェフに久住さん、二人の一流に囲まれ何も言えず、やりにくいことこの上ない状態。

 しかし、この今の一連の話は後ほど、私がまだ3流であることを嫌というほど気づかせてくれるありがたい出来事となりました。それは、建物が建ち、壁の下地左官が終わって形が見え初めてきた時のことです。
 「この袖壁のライン、少し直線過ぎない?」と壁をなぜながら久住さんがこっちを向いています。
「なぜですか?」と尋ねると
「ここが直線的だと、緊張感が高く見えるやろ。そしたら、建物としては完成度が高く見えるかもしれんけど、緊張感のある空間では便秘は治らへんやん。今回は乙女の便秘を治すのが目的やんか。しかも、恋する乙女やで。相当リラックスできる空間にせんとあかんわ。この壁が直線やとそのリラックス感がでえへんわ。」
骨格

下地左官  「やられた。この人、本気だったんだ。あのタイトル、『恋する乙女の便秘が治るトイレ』。」私は、完敗でした。くだらない冗談だと切り捨てた今回のタイトル「恋する乙女の便秘が治るトイレ」は実は冗談でもなんでもなく久住章の中では本気のタイトルだったのです。私は甘かった。めちゃくちゃ甘かった。自分のことが情けなくて仕方がない。結局一流と言われている人は私のような凡人からすると冗談に聞こえたり、絶対無理だと思うようなことを、当たり前のように取り組む姿勢があるんですよ。コヤマシェフと仕事をしてきたにも関わらず、ちょっとした気の緩みでこんな当然のことを忘れてしまっていました。この姿勢こそ、偉大な仕事を生み出す力になるんだということを改めて教えていただきまいした。


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更新日09.10.05


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