|
久住さんとのこの数ヶ月のやり取りは私の人生にとってかけがえのない財産となりました。そして、この久住さんとのやり取りの一部をこの日記で紹介できるのはこの上ない喜びであります。また、久住さんはじめ多くの方々に今回のトイレ建設のためにお世話になったことをこの場を借りて改めて感謝の気持ちを送らせていただきたいと思います。
岡崎建設の笹田さんはすべての工程において多大なる仕事をしていただきました。久住さんのサポート役として裏方仕事に徹してくれた篠山左官組合会長の藤田さん、時間のない中、難しい注文を受けてくれた陶芸家の今西公彦さん、室内照明を担当してくれた銅作家の菅原さん。女性トイレ、男性トイレのマークを作っていただいた澤田さん。その他大勢の方々がこの類まれなるトイレ製作に影ながら知恵や技術を惜しみなく出してくださいました。
ありがとうございました。そして、すべてはコヤマシェフがいたからこそ、これだけの人間が集まりひとつのトイレを作ることができました。心から感謝しております。
最後に、久住さんから教えていただいた、もっとも心に残る話を久住氏自身が書いた文を引用して紹介させていただきたいと思います。
この文章は久住さんが雑誌コンフォルトの別冊特別号「土と左官の本4」の中で書かれていたものです。
久住さんがある茶道の家元のお茶室の壁の仕上げを考えていた時のお話です。
「微妙な変化や季節の移り変わりを語る言葉は限りなくあるが、この室の壁の仕上げに特殊なものはいらない。あえて個性を見せず、慎ましく細やかな肌合いにしながら、ささやかな表情をそこはかとなく窺わせる。決して表現過多になってはいけない。端正な優しさからにじみ出る品性のある壁。安らぎや落ち着きとは神経の緩みではない。ある種の規則的な日常の中で、実際にはわずかな緊張感が伴っているのに、心の負担にはならない。そんな穏やかな壁が求められている。ある程度言葉では分かっていても、最終的にどう判断するのだろう。
家元が以前住んでいた建物のそばに仮の宿舎を建て、2年半の間現場に通い続けた。毎日この宿舎で、いくら考えてもこれ以上ないと思いながらサンプルをつくり続け、200種類の中から10種類を選び家元に見ていただいた。職人人生の中でもっとも緊張した一瞬であった。
室に通されお茶を一服頂いた。家元のにこやかな顔を見て、心に決めたものがこの中にあることを悟った。しかし、「この中であなたが好きな仕上げはどれですか?」と質問され、物を選ぶ基準は、客観美ではなく主観美であることを知った。理屈を並べた美ではない、理屈のいらない直感的な美である。しかし豊かな主観美は、ただの好き嫌いではない。長い年月を経てあまたの美と巡り会えた上での主観美である。その当時の私にとって、いつ訪れるのか予想の付かない境地であった。」
|