実際に被災地を訪れると、自分がいかに対岸の火事を見ている人間であったか、ということがよくわかりました。対岸で見ているときは、やれ原発、やれ政府の対応などに批判的な感情を抱いていましたが、実際対岸にわたってしまうと、感じるのはそんなことよりも不安感。放射能の怖さでした。いわき市は原発から60km。 政府の見解では安全である、と謳っていますが、それとは全く反対の意見もインターネットで見ました。「もしかしたらここも汚染されているのではないか?」そんなことが急に気になるようになってきました。放射能は目に見えません。だからどこが汚染されていてもわからず、なんとなく、「ここは大丈夫か?」なんて勘ぐってしまいます。揺れる車の中、窓から入ってくる風にすら不安を感じました。もちろん、放射能のことは、ここを訪れる前からわかっていたつもりなのですが、実際この街に来たときは思わず、「本当に大丈夫なんだろうか?」と心配が脳裏から離れません。しかも、その日は小雨が降っていて、雨に当たることがその不安を助長させました。
訪れたのは、震災からちょうど100日目の日。被災地の各地では慰霊祭や集会が行われていました。そこに我々が訪問させていただきました。双葉郡広野町の方たちも、原発問題で苦しむ中、自分たちも頑張ろう、と町民を集めてBBQをしていました。震災以来初めて町民が集まったそうです。しかし、そこで気になるのが、町民の少なさ。町民も多くは放射能汚染を心配して県外に出て居なくなってしまっています。
ある人が言いました。
「頑張ろう、頑張ろう、言うけど、原発がある限りそんな復興気分になれるわけない。」
また、ある人は
「県外に出てった連中は帰って来んよ。こんな人数でどうやって復興できる?」
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